第97回箱根駅伝

今回で97回を数える箱根駅伝。

僕自身も24年前
この箱根駅伝を走るために
熊本から上京し
帝京大学に入学しました。

結果的には
箱根を走ることは叶いませんでしたが
学生時代の体験は
今でも僕の活動を支えてくれています。

さて。

そんな僕ですが
中野監督が帝京大学の監督に就任され
中野体制で箱根駅伝に出場し始めて以来
かれこれずっと
1月1〜3日はOBとして
選手の配送のお手伝いをしています。

僕がこんなこと言うのもおこがましいですが
本当に中野監督は人格者でらっしゃるというか
誠実に、真摯に、そして懸命に
競技としての、そして教育機会としての
箱根駅伝に取り組んでらっしゃいます。

僕は本当にそんな中野監督を尊敬していて
毎年この箱根駅伝で中野先生と
コミュニケーションを取らせていただくのを
楽しみにしています。

というわけで
完全に帝京大学OBという目線をベースにしつつ
とはいえできるだけ俯瞰的に
今回の箱根駅伝を振り返ってみたいと思います。

ただし、レース中は基本的に
選手や付き添いの学生たちを車に乗せ
移動中だったということもあるので
僕が印象に残っている局面について
綴っていきたいと思います。

まず、1区です。

号砲直後、すぐに
「わ!めっちゃスローになりそう」という気配を感じたのは
僕だけではないはず。

もう、読売新聞社前をスタートしてすぐ
左に曲がるところですでに
選手みんなが牽制しているのがわかりました。

その原因を作ったのはきっと
順天堂大学の三浦龍司選手でしょう。

1区には他にも
東海大学の塩澤選手など
各校エース格の選手を起用してはいるものの
全日本大学駅伝での三浦選手の
あの残り300mからの強烈なラストスパートは
間違いなく脳裏に格納されていたはず。

そして
その全日本大学駅伝での三浦選手は
残り300mまでは
完全にその存在を消していました。

しかも
三浦選手は12月に開催された日本選手権の
3000mSCを欠場。

その原因が怪我ということだったので
間違いなく三浦選手が
「ラスト勝負」に徹するであろうことは
1区を走る選手、そして監督も予想していたはずで
そういう事情が
1区の展開をより複雑にしたと考えられます。

そんな澱む空気を切り裂いたのが
東海大学の塩澤選手。

東海大学という優勝を目指すチームの
主将であるという責任感からなのか
スタートして1km手前でレースを動かします。

そして
僕が塩澤選手の「すごさ」を感じたのは
ここだけではなく。

レースを動かしはしたんだけど
その後、自分がペースメーカーとして
他校の選手に利用されるのを避けるため
レースを動かした後に
先頭を引っ張り続けなかったこと。

これって普通に考えれば
「そりゃそうするっしょ?」なんだけど
先頭を走る気持ち良さからか
有力選手がそのまま先頭を引っ張り続けて
結局、六郷橋越えてからの
ラストスパート合戦で足が残ってない
みたいなことって、結構あるんです。

そこは塩澤選手
法政の鎌田選手とのラストスパートには
後塵を浴びてしまいましたけど
両角監督の意図するレースデザインを壊すことなく
役目を果たしたんじゃないかと思います。

そして注目の的だった順天堂大学の三浦選手は
トップの法政と31秒差の10位。

怪我による練習不足なのか?

そこはわかりませんけど
僕は「練習不足」だけが
彼のこの結果の原因ではないんじゃないかと思ってます。

怪我によって微妙に
地面を踏む感覚がずれてるんじゃないかと。

そこはわかりませんけどね。

もしかしたら
スローペースで集中力を欠いてしまって
ラストのエネルギーが枯渇した・・・

そんなことがあるかもしれませんけど
うーん、僕としてはその路線じゃなく
何かしらのアンバランスがあって
走りがしっくり来てないんじゃないかなーと。

それは、7区を走った
東洋大学の西山選手にも言えることかなーと思うんですけど。

西山選手に関しての僕の意見は
また次回以降に書くとして。

ここでは往路に話を戻しましょう。

2区〜4区に関しては
他のメディアでも色んな視点で言及されていますので
僕の意見が何かしらの斬新さを提供できる感じもしないので
ここでは割愛するとして。

5区。

帝京大学の細谷選手が
帝京大学史上初めての5区での区間賞!
ということは、OBとしての至極の喜びなんですが
僕として気になるのは
なぜ、青山学院の竹石選手が
あの「脚の状態だったのか?」です。

映像でフォーカスし始めたのが
どこだったか忘れましたけど
僕が画面越しで異常を感じたのは
富士屋ホテルを通過する前あたりからです。

明らかに左足の着き方がおかしかった。

明らかにぎこちない走りになってるのに
解説者も何も言わない。

いや、もしかしたらわかってたけれども
そこに言及するタイミングを逸してたのかもしれない。

いや、そうとしか思えない。
それくらい、明らかに脚をかばってました。

でも
その後の日テレの映像で
5区終了後に原監督が竹石選手に
声をかけてる場面が出てたんですけど
そこでは
「あんなに調子良かったのになー」
みたいなことを、原監督が言ってました。

それだけ
竹石選手が調子良かったってことなんでしょう。

でも、見るからに
脚が痙攣していた。

しかもかなり早い段階で。
(わかんない、痙攣じゃないかもしんないけど)

ここは原監督もきっと
今後の指導の引き出しの中に
しっかりと収めてらっしゃると思います。

そしてその姿勢がきっと
復路の快進撃に繋がってるんじゃないかと。

あと・・・

最後に言及しておきたいのが、明治大学。

優勝候補の一角と目されていたにもかかわらず
1区から5区までの往路
全く良いとこなく14位でゴール。

なぜ、優勝候補と目されていたチームが
こんな順位になってしまうのか?

このあたりは際どいことをお話しするので
「ゼロベースランニングラボラトリー」という
有料メルマガにてお話していきますけど
結局は、組織運営というか
【チーム内でどうやって「制約」を設計していくか?】
ということかと思います。

これは
青山学院があの往路の状況から
復路優勝して4位に食い込むという偉業を
成し遂げられた要因にもつながると思ってます。

そんなこんなで
続きは、また明日以降お届けします。

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