Hakoneekiden

第97回箱根駅伝について
昨日は往路に関して気づいたことを
綴ってみました。

そこで今日は
復路を振り返ってみて
特筆したいことを綴ってみます。

まずは母校の帝京大学について。

前日の往路終了時点では
トップと約2分30秒差ということもあり
まだまだトップを狙える位置にいました。
(メディアにはあまり
取り上げられてなかった印象ですけど)

そんな母校の6区を任された三原選手ですが
なかなかペースが上がらない。

後ろの選手に抜かれても
全く反応できず。

「いやいや
これは何か起きてるでしょ?」
としか思えないような走りのまま
区間最下位で7区に襷を渡しました。

しかしやはり・・・

何かが起きてたのです。

なんとスタートして約2kmあたりで
足を疲労骨折したとのこと・・・

そんな状態で
ただでさえ脚に猛烈な負担がかかる
山下り・6区を走り切るなんて・・・

もう
「どうにかして襷を繋げること」だけが
彼を突き動かしていたんでしょう。

本当に恐れ入ります。

そのおかげで
7区以降の選手たちが奮起し
見事8位で
大学史上初、4年連続のシード権を
獲得できたわけです。

本当に本当に逞しい後輩たちだなーと
感じました。

ただ・・・

一方では、この6区の事態を
美化しすぎるのも良くないと思うわけで。

というのも。

2km地点での故障発生が
果たして「偶然なのか?」ということを
しっかり検証しなければいけないと思うんです。

もしかしたら
レース前から痛みがあったのかもしれない。

でも
「まだ我慢できるくらいの痛みだったから」
ということで
監督に報告しなかったのかもしれないし
「ここで自分が欠場したら
みんなに迷惑をかけてしまう」
という気持ちもあって
「実は足が痛いんです」が
言えなかったのかもしれない。

もう
あまりのビッグイベントであるだけに
色んな感情が渦巻いて
冷静な判断ができなくなるということも
十分に考えられます。

いやもちろん
レース前は何の前兆もなかったのに
いきなり痛くなった、ということも
あるかもしれません。

そこはOBとはいえ
完全に外野の邪推でしかありませんが・・・

治療に携わるものとして
「走ってたら急に疲労骨折になりました」
ということに関して
どうにも違和感しか覚えないわけで。

ただ
偶然に疲労骨折してしまったとしても
事実として
レース中に極端にパフォーマンスを
落としてしまうということが起きたわけで
この原因を究明するということは
今後の母校の飛躍に繋がると思うんです。

そしてこれは
三原選手だけの問題とするのではなく
学生みんなが自分ごととして考えることで
普段からの体のケアだったり
体に余計な負担をかけない
そんな走り方を探究するという主体性も
身につくんじゃないかなーと。

そして・・・

僕もコーチとして高校生と向き合ってますが
「今回のようなことは
いつも隣に潜んでる」ということを
改めて肝に銘じないとだな、と感じました。
(想像するだけで不整脈が出そうです)

いやいやしかし
勝負事に「タラレバ」はありませんけど
後半の追い上げなどを観ても
確実に先頭争いができるチームに
一歩ずつ近づいてる、と感じます。

あのネガティブな流れを巻き返すのは
容易なことではありません。

「シードを取るのは当たり前。
オレたちは3位以内を目指すんだ!」
そんな気迫を感じました。

今回のようなアクシデントを糧にして
さらにパワーアップした帝京大学駅伝競走部を
また次の箱根駅伝で観られることを
楽しみにしてます。

それで・・・

次に取り上げたいのが
総合4位、復路優勝した「青山学院大学」です。

優勝候補の筆頭として
挙げられていた青山学院ですが
往路はことごとく悪い流れに飲みこまれ
往路12位でゴール。

箱根駅伝2連覇の夢は
この時点で儚く散りました。

それは原監督の
「ゲームオーバー」という言葉に
現れています。

その言葉を発した原監督の気持ち
なんだかすごく良くわかるんですけど
一方では
「監督がそんなことを言っちゃダメだろ!」
なんていう声も聞こえてきそうです。

でも
「青山学院は総合優勝を目指す」
という「ゲーム」を
チームみんなでやってたわけですから
そういう意味では誰の目にも明らかに
「ゲームオーバー」であるわけです。

そしてそれを踏まえて
「復路優勝」というゲームに再設定し
「今できること」に全集中するように
舵を切りました。

僕が特筆したかったのは、この
「今できることに集中することって
言っても難易度高いよ」ということなんです。

「今できることに集中する」って言うは易しで
普段から訓練してないと
本番でパッとやろうとしても
なかなかできるもんじゃないと思うんです。

例えば、僕はいつも
「ウォッチを見過ぎることの弊害」を
訴えてます。

「タイムに気を取られすぎて
今できることに集中できていない」
ということは、よくあることです。

落ち着いて
ペース感覚を研ぎ澄ませるためには
ウォッチによる「タイム情報」は
邪魔だったりします。

精神を掻き乱されるんです。

もちろん
スタートして400mくらいのところで
オーバーペースになりすぎてないか?
みたいなことを確認する必要がないと
言ってるわけではありません。

緊張感によって気持ちが高揚して
ついついオーバーペースになってしまう
そんなことはよくあることですから。

でも
最初の400mなり1000mなりで確認したら
あとはウォッチを見る必要なんてないはずです。

その時の全力を尽くせばいい。

それだけ、だから。

でも、普段からペース感覚を
ウォッチの情報だけに依存してたら
自分に自信なんて持てませんよ。

つまり
「今ここでやらなければいけないこと」に
集中する習慣がないわけですね。

もちろん
青山学院が普段の練習から
そういうことを意識してるかといえば
そんなことは僕には分かりません。

でも事実
彼らは往路の「向かい風」を
一晩かけて「追い風」に変換できてる。

彼らの普段からの取り組みの中に
「向かい風」を「追い風」にするような
何かしらの要素が含まれているんだと思います。

あと
青山学院のこの復路成績に関して
僕が「匂うぞ」と感じたのが
原監督の「人間味」です。

とはいえ予め断っておきますが
原監督が人格者だから、なんてことを
言いたいわけではありません。
(話したことないし)

むしろその逆で
弱さを含めた「人間味」を隠すことなく
それこそ「腹を割って」
学生たちと膝を突き合わせた結果なのかも。
そんなことを想像したりもします。

全く的外れなことを言ってるかもしれない、
それをご承知おきいただいた上で
読み進めていただければと思うんですけど・・・

学生たちの主体性にスイッチを入れたい時
監督の影響力が大き過ぎると
それが仇となることって結構あるよね?
って思うんです。

つまり、逆に考えると
「頼りない監督」によって
選手側が「自分たちでどうにかしようぜ!」
っていう雰囲気を作らざるを得ない状況って
それはそれで必要だよね、ってことです。

誰かに「走らされている」のではなく
自らの意思で「走っている」。

これって
双方ともに「走っている状態」ではあるから
意外と見分けがつきにくいんですけど
とはいえここで欠けている「主体性」ってのは
かなり大きな「エネルギー源」だと思うんです。

ここって
ホントに見落とされがちだと思うんですね。

そういう視点から考えてみると
わかんないですけど
それを原監督が「天然」でそうしてるのか
「あえて」そうしてるのか
どちらにしても
指導者が「絶対的存在」でなければならない
ということもないし
むしろそれが
足枷になることもあるんじゃないかと。

しかも
指導者の影響力が大きければ大きいほど
その指導者から離れたときの
パフォーマンス低下が著しい。
そういうケースがすごく多いと思うんです。

それは
僕自身が実際に体験してることなので
すごくよくわかります。

そういう意味でも
復路の青学の快進撃には
すごく勉強させていただきました。

そんなこんなで
第97回箱根駅伝を振り返ってみて
僕が特筆しておきたいことを
綴ってみました。

最後まで読んでいただき
ありがとうございました。